広大医学部の医学資料館を公開
'00/3/7
![]()
付属病院の新病棟建設に伴い移築していた広島大医学部(松浦雄一郎学部長、広島市南区霞一丁目)の医学資料館が、九日から一般公開される。被爆建物の歴史を伝えるため、旧陸軍兵器補給廠(しょう)時代に被爆した旧資料館の赤れんがや石材を一部に再利用している。
キャンパス入り口付近に完成した新資料館は鉄筋二階建て、延べ床面積九百八十五平方メートル。被爆建物の名残を伝えようと、玄関周りの外壁約四十八平方メートルには、旧資料館から取り外した赤れんが約四千個を張り付け、他の部分も赤いタイルで装い、建て替え前の外観をほぼ再現。また、玄関前のアプローチや屋根の飾り石も旧資料館に使われていた花こう岩を再利用した。
旧資料館は一九一五(大正四)年に兵器支廠として建設。その後、補給廠となり、一九四五年の被爆直後は臨時救護所として使用された。五七年に同学部の校舎となり、構内にあった他のれんが造りの建物が取り壊される中、被爆建物の学びやを惜しむ同窓会の働きで、七八年に国立大初の医学資料館に改装された。国内外の医学書を中心に、貴重な医学史資料の収集も担ってきた。
赤れんがや石材は痛みの少ない物を選び接着剤をきれいにはがして再利用したが、角が欠け落ちたり、色あせたりして歴史を感じさせる個所もある。
新資料館の工費は約三億円。市民団体から現状保存の要望も出され、全面移築も検討されたが、費用がかさむため見送られた。
資料館館長の片岡勝子教授(組織学・細胞生物学)は「被爆の歴史を伝える建物であり、元の形の再現を優先した。長く平和への願いを抱いてもらえる建物であってほしい」と話している。
【写真説明】玄関両わきの赤壁や窓わく下の石材などに被爆建物の名残を伝える新しい医学資料館
この記事は中国新聞(http://www.chugoku-np.co.jp/)より転載しています。