広島・袋町小の被爆伝言 命の筆跡再び
'00/3/11
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肉親や知人に消息を伝えたと見られる生々しい筆跡が、原爆に耐えた校舎の壁でまた見つかった。広島市中区の袋町小学校西校舎で十日公開された「伝言」は、書かれた時期が特定されれば、「貴重な被爆資料」(市教委)だ。しかし、校舎の取り壊し部分。計画通り解体されると、原爆の悲惨さを伝える叫びは、このままの姿では見られなくなる。家族や市民グループなどは「被爆者の思いを伝えるため、計画見直しを」と求める。
年月を経てうっすらとしているものの、名前と住所をしっかりと書きつけたチョークの文字。残されていた「日高憲之介」さんの長女で広島県安芸郡坂町の主婦、加藤三代子さん(66)は「父の名前に間違いありません。寺町あたりで被爆し、二十四日に亡くなったと聞いている。私は双三郡神杉村(現・三次市)に疎開していたので助かったが、母、母方の祖父、妹二人、兄も被爆死した。父の思い出とともに、伝言はできる限り残してほしい」と訴える。
「被爆直後のものに間違いない」と言うのは、西区の己斐駅で被爆した中区大手町一丁目、笠井恒男さん(66)。袋町小に一九四〇年に入学した同期生の消息調べを続けている。地名やビルの名前に続いて書かれている「帰」や「移転」の文字が証拠と言い、「被爆直後にけがで苦しみながら、必死で書いたんでしょう」と思いをはせる。
市教委の当初計画では、西校舎北側の地下室から二階までの階段周り延べ約百八十平方メートルはそのまま保存するが、それ以外の延べ二千三百平方メートルは取り壊す方針。この区域内で確認された筆跡は壁ごとくり抜くか、写真などで記録する保存方法が検討されている。
原爆遺跡保存運動懇談会(座長・後藤陽一広島大名誉教授)の楠忠之副座長(76)は「市民の肉声が書かれている点は、原爆ドームにもない特徴」と位置づける。そのうえで「多くの市民の声を聞いて保存区域を広げるべきだ。新しく建設される施設と共存はできるはず」と話している。
【写真説明】少なくとも8人の人名などが書かれた袋町小西校舎1階の教室の黒板裏(広島市中区)
この記事は中国新聞(http://www.chugoku-np.co.jp/)より転載しています。