広島・袋町小の「伝言校舎」解体始まる

'00/7/20

 広島市への原爆投下直後に書かれた「伝言」が見つかった市立袋町小学校(中区)西校舎の解体工事が十九日、始まった。爆心地から四百六十メートルの近距離ながら被爆後も焼け残り、肉親などの消息や安否を尋ねた伝言が刻まれた被爆建物は、保存部分を除いて姿を消す。

 作業はまず、西校舎北端から開始。作業員八人が、保健室や放送室として使われた教室の黒板、電灯などの内装部分をチェーンソーやバールを使って取り外した。建物本体の解体は八月七日ごろから始める予定。

 西校舎は、鉄筋三階建て延べ二千五百平方メートル。一九三七年に建設された。校舎南側一階にある旧児童館黒板裏の伝言が書かれたコンクリート壁は切り取り保存が決まっており、広島市教委は切り取り方や保存方法を検討している。表面の防護加工を終えて切り取るため、校舎全体の解体は今秋にかかる見通し。

 市教委は、袋町小のほか、生涯学習やボランティア拠点となる「まちづくり市民交流プラザ」(仮称)、児童館なども入る複合施設の建設を計画。六階建てと四階建ての二棟を建設する。

 総工費は約六十四億五千万円。二〇〇二年二月に完成予定。

 ▽「解体部分に家族の名」と女性が保存訴え

 広島市立袋町小学校西校舎の解体部分にある「患者 村上」の文字について、同市安佐南区八木六丁目、美容師村上啓子さん(63)が十九日、市役所で記者会見し、「収容されていた家族の名だと思う。被災者救護所として学校が使われていた事実を伝えるためにも残してほしい」と切り取り保存を訴えた。

 村上さんの両親と妹は爆心地から一・七キロの自宅で被爆し、一週間後から三カ月間、袋町小の救護所で過ごした。村上さんは防空ごうにいて無事だったが、血まみれになった家族の姿は忘れられないという。

 文字は、一階図書室中央の柱に残っている。村上さんは市教委に十七日、切り取り保存を求めたが、「被爆直後に書かれたと断定できない」として断られたという。

【写真説明】教室の解体が始まった袋町小西校舎(広島市中区)

この記事は中国新聞(http://www.chugoku-np.co.jp/)より転載しています。