街角の被爆建物を訪ねる―2000年夏(3)
'00/7/26
■広島市信用組合の円柱/子らの歓声 遠い記憶
広島市西区のJR横川駅に近い横川商店街の玄関口に建つ、広島信用金庫横川支店(広島市西区)の二階展示ホールの壁に、石造りの直径約九十センチの円柱が二本埋め込まれている。中央のパネル図は、かつて柱が玄関わきに構えていたことを示す。焼け野原となった横川で、同金庫の前身で当時、合併で発足したばかりの市信用組合本部の建物だけが残った。
堅ろうな建物はしかし、金融機関の事業拡大やOA化に伴う店舗建て替えに直面。一九九〇年に取り壊された。ただ、被爆建物が次々と姿を消し始め、保存が叫ばれた時期。同金庫のトップ陣も「数少ない被爆建物を一部でも残そうという考えだった」と建て替え時の横川支店長だった江川国昭常務理事(60)は振り返る。
「昔の建物の方が貫禄があったね。玄関でも子供たちが柱に抱き付いたりしてよう遊んどった」と、向かいで終戦翌年から果物店を営む河野スエコさん(75)は懐かしむ。壁に張った写真も見せてくれた。保存された被爆柱が現在、人の目に触れる機会は、二階の貸金庫を使うか、絵画や書の展示期間に限られる。
案内してくれた融資係の木原邦仁さん(25)は「私自身も、支店に配属されるまで柱のことを知らなかった。もっと多くの人に見ていただきたいです」と話していた。
【写真説明】高さが約5メートルあった玄関の円柱は、屋内展示のため約3メートルに縮められた
この記事は中国新聞(http://www.chugoku-np.co.jp/)より転載しています。