街角の被爆建物を訪ねる―2000年夏(4)

'00/7/27

■元安橋の石柱/集いの場 平和おう歌

 昔から僕は何もない空が何だか好きで/そんな空が見えなくなるのなら/便利な物はもういらない

 休日の昼下がりから夕方にかけて、広島市中区の平和記念公園と本通りを結ぶ元安橋の上は、熱のこもった歌声とギターの音色に包まれる。観光客や市民は、ストリートミュージシャンの若者たちを横目に橋を渡っていく。

 「こうして自由に歌えること自体、平和のシンボルじゃないかな」。欄干をつなぐ中柱の前で一人あぐらを組む高校三年片山正和さん(17)=安芸区船越五丁目=は、少しはにかんで話してくれた。同じ場所で前日にデュエットしていた雅博さん(22)と梨絵さん(1 7)。「ここだといろんな国の人と出会い、仲良くなれる」と口をそろえた。

 かれらは、背にする四角い石柱が被爆のあかしだとは知らなかった。爆心地からわずか百三十メートルの旧元安橋で、橋げたと両端の親柱、中柱が四本ずつ残った。その後、コンクリート製の欄干を付けるなどして復旧した。一九九二年の市の本格架け替えでは、親柱と中柱二本を残し、上部に飾りの照明をあしらって大正時代の姿を再現した。

 橋の上で、若者たちは、平和とは何かを感じ取っていた。夕焼けが広がり、かれらも去った後、ライトアップされた橋の姿がほんのりと川面に浮かんだ。

【写真説明】とっぷり日が暮れると、四角い親柱の向こうに光の帯が延びる

この記事は中国新聞(http://www.chugoku-np.co.jp/)より転載しています。