街角の被爆建物を訪ねる―2000年夏(5)
'00/7/28
広島東警察署の玄関/開かぬ扉 悲劇を封印
二度と開いてはいけない悲劇の扉―。広島市中心街の一角、中区銀山町にそびえる十七階建ての「ひろしまハイビル21」で、西向きの立体駐車場壁面に取り付けられている重厚な玄関のモニュメントを見たとき、そんな印象を受けた。
実際のところ、漆黒の扉の向こうに部屋はない。頭上に並ぶ「廣島銀行銀山町支店」の文字が、玄関の最後の役目を伝えているだけである。駐車場の係員上田昌治さん(70)によると、修学旅行の子供たちが地図を片手によく訪れるという。そんなとき、上田さんは、説明板の文章を自ら書き写した紙を渡している。
建て替え前の一九八八年までは、西欧の古代建築風の三階建て建物があり、玄関は北西の角にあった。もとの建物は、三七年に広島合同貯蓄銀行本店として誕生。四五年五月、銀行合併で芸備銀行(現広島銀行)下柳町支店となり、同年七月から広島東警察署に貸与されていた。被爆後の約二週間は臨時県庁に。戦後も東署として使われたが、五〇年に銀行に返された。
建て替えに当たった広島銀行の関連会社、ひろぎん不動産の当時の社長児玉肇さん(72)=南区青崎一丁目=は「予想以上に表面の痛みが激しく、玄関の移設は大変な作業だった」と話す。被爆建物が消えて十余年。夏が近付くと、開かずの玄関を多くの人が訪ねる。
【写真説明】近代的なビル壁面に石造りの玄関が構え、被爆の史実を伝え続ける
この記事は中国新聞(http://www.chugoku-np.co.jp/)より転載しています。